Aさん,70歳代,男性。原疾患は糖尿病性腎症で,透析歴6年。脳出血の既往があり,車いす生活を送っていらっしゃいました。
Aさんは,病院に掲示してあった「聞き書き募集」のポスターを見て,さらに当該施設の看護師に誘われて聞き書きの語り手になってくださいました。
聞き書きの概要は以下の通りです。
ICレコーダー,研究同意書,筆記用具
Aさんには,上記の予定していた6つのインタビュー内容を書面で見ていただき,話したいことからお話ししていただきました。
主な語りの内容は,現役時代の仕事のことや脳梗塞を起こした頃のことが多かったです。仕事に関しては,とても充実しており自分の仕事を誇りに思っていらっしゃいましたが,病に倒れてからは辛いことばかりだという話が多かったです。
しかし,ひとしきり辛い思い出を語った後で,「いや,楽しい思い出もありましたよね。」と話してくださいました。その内容は,現役で働いているときの取引先の人が,Aさんが勤務しているB会社に資金を拠出してくれたのだが,「その人は、B会社だから出資するんじゃなくて,Aさんの人柄に惚れたから出資すると言ってくれたんですよ」と,うれしそうにしみじみと語ってくださいました。
Aさんは,普段はあまり看護師に自分からいろいろ話す方ではないらしいのですが,話をやめることはなく1時間30分ほど語り続けてくださいました。
Aさんにとっての思い出の新聞記事を聞き書き冊子に
いれました!
「良くまとまってると思いますよ。よく口実で,インタビューでまとまってるなと思いましたね。僕が語った事がほとんど入ってるから。自分が語った事がちゃんと入ってる」なと。そして,活字になることで,自分の人生を再認識する「いいきっかけになりました」とも語ってくださいました。
Aさんは,普段あまり元気がなく常に自己否定的な発言が多かったということでしたが,聞き書き後の冊子を見て,このように語ってくれたということは,Aさんのレジリエンスの回復に少なからず貢献できたのではないかと感じています。
Aさんは,聞き書きの際に,ご自分の預金通帳を持ってきていました。わたしは,どうしたんだろうと驚きました。Aさんに預金通帳を持ってきた理由を尋ねると,「預金通帳を見ると,日付が書いてあるため過去の出来事が正確に思い出せるんですよ」ということでした。Aさんは通帳を開きながら,沢山お話ししてくださったので,わたしは通帳の中身を見ないようにして,お話を伺うのにはちょっと苦労しました。しかし,懸命に語ろうとしてくださるAさんの姿を見て,本当にうれしく思いました。Aさんの語る姿勢からも,Aさんの他者に対して真摯に接するお人柄がしのばれました。初対面の私に対して,一生懸命ご自分のことを語って下さったAさんには感謝感謝でした。と同時に,聞き書きのチカラも感じました。
また,冊子化するための製本作業をするうちに,不思議な気持ちになるのを感じました。それは、自分が語り手になったような感覚です。この話をしている時,語り手はどんな気持ちだったのか,どう感じたのか等と考えているうちに,まるで自分がその語り手になったような気がしてました。
この現象を憑依と言う人もいますが,まさに語り手の気持ちや感情があたかも乗り移り,同化したような感覚を得ました。まさに,語り手の気持ちや生き方を,聞き手である自分が「自分の身体で感じた」という,聞き手にとって動的な変化が得られた体験でした。このような体験は,聞き書きでこそ得られる身体的な体験なのではないかと思います。
これらをまとめると,じっくりEASE(イーズ)プログラムによる聞き書きを行った聞き手にとっての効果とは,
ということがいえると思います。
↓「体験してみよう!聞き書き」のページも是非ご覧ください↓