群馬大学 岡研究室 > 聞き書き(じっくりEASE) > 「聞き書き」の実際

「聞き書き」の実際

「聞き書き」の実際

ある施設の透析患者様に,聞き書きをさせていただいた経過を以下に記します。なお、この聞き書きは、事前に群馬大学臨床研究倫理審査委員会で本活動の実施と公表に関する承認を得ています(承認番号15‐34)。また,個人が特定されないようにするため、事例概要は若干変更を加えています。

事例と聞き書きの概要

Aさん、70歳代、男性。原疾患は糖尿病性腎症で、透析歴6年。脳出血の既往があり,車いす生活を送っていらっしゃいました。
Aさんは,病院に掲示してあった「聞き書き募集」のポスターを見て、さらに当該施設の看護師に誘われて聞き書きの語り手になってくださいました。
聞き書きの概要は以下の通りです。

持参した物

ICレコーダー、研究同意書、筆記用具

予定したインタビュー内容
  1. 現在:毎日どのように過ごしていらっしゃいますか、など
  2. 過去:ご両親や子供の頃について
  3. 仕事:どのような仕事をしてきたか、成功談、失敗談など
  4. 趣味:今楽しんでいる趣味は何ですか、どのようなところが楽しいのでしょうか?
  5. 病気:病気への思い、病気への向き合い方など
  6. 周囲の人(家族・子供・同じ病気の人・透析を受けている人)へのメッセージ

語り手と聞き手にとっての「聞き書き」の効果

Aさんには、上記の予定していた6つのインタビュー内容を書面で見ていただき、話したいことからお話ししていただきました。

聞き書き当日

主な語りの内容は、現役時代の仕事のことや脳梗塞を起こした頃のことが多かったです。仕事に関しては、とても充実しており自分の仕事を誇りに思っていらっしゃいましたが、病に倒れてからは辛いことばかりだという話が多かったです。
しかし、ひとしきり辛い思い出を語った後で、「いや、楽しい思い出もありましたよね。」と話してくださいました。その内容は、現役で働いているときの取引先の人が、Aさんが勤務しているB会社に資金を拠出してくれたのだが、「その人は、B会社だから出資するんじゃなくて、Aさんの人柄に惚れたから出資すると言ってくれたんですよ」と、うれしそうにしみじみと語ってくださいました。
Aさんは、普段はあまり看護師に自分からいろいろ話す方ではないらしいのですが、話をやめることはなく1時間30分ほど語り続けてくださいました。

冊子確認時
テープ起こしを行い、製本したAさんの自分史である冊子を持参しました。Aさんは車いすに乗って,面会に来てくださり,じっくり聞き書き冊子をみてくださいました。そして,冊子のタイトルは「一笑一若一怒一老」にする,と決めてくだいました。中国のことわざで「笑うことで若返り、怒ることで歳をとる」という意味だそうです。そして,冊子の中の固有名詞など,いくつかの間違いも指摘していただきました。そして、後日また持参することをお伝えしました。

Aさんにとっての思い出の新聞記事を聞き書き冊子に
いれました!

冊子完成後のAさんの感想

「良くまとまってると思いますよ。よく口実で、インタビューでまとまってるなと思いましたね。僕が語った事がほとんど入ってるから。自分が語った事がちゃんと入ってる」なと。そして、活字になることで、自分の人生を再認識する「いいきっかけになりました」とも語ってくださいました。
Aさんは、普段あまり元気がなく常に自己否定的な発言が多かったということでしたが、聞き書き後の冊子を見て、このように語ってくれたということは、Aさんのレジリエンスの回復に少なからず貢献できたのではないかと感じています。

聞き手である筆者(岡)の感想

Aさんは、聞き書きの際に、ご自分の預金通帳を持ってきていました。わたしは,どうしたんだろうと驚きました。Aさんに預金通帳を持ってきた理由を尋ねると,「預金通帳を見ると、日付が書いてあるため過去の出来事が正確に思い出せるんですよ」ということでした。Aさんは通帳を開きながら,沢山お話ししてくださったので,わたしは通帳の中身を見ないようにして、お話を伺うのにはちょっと苦労しました。しかし、懸命に語ろうとしてくださるAさんの姿を見て,本当にうれしく思いました。Aさんの語る姿勢からも,Aさんの他者に対して真摯に接するお人柄がしのばれました。初対面の私に対して,一生懸命ご自分のことを語って下さったAさんには感謝感謝でした。と同時に,聞き書きのチカラも感じました。
また,冊子化するための製本作業をするうちに、不思議な気持ちになるのを感じました。それは、自分が語り手になったような感覚です。この話をしている時、語り手はどんな気持ちだったのか、どう感じたのか等と考えているうちに、まるで自分がその語り手になったような気がしてました。
この現象を憑依と言う人もいますが、まさに語り手の気持ちや感情があたかも乗り移り、同化したような感覚を得ました。まさに、語り手の気持ちや生き方を、聞き手である自分が「自分の身体で感じた」という、聞き手にとって動的な変化が得られた体験でした。このような体験は、聞き書きでこそ得られる身体的な体験なのではないかと思います。

これらをまとめると、じっくりEASE(イーズ)プログラムによる聞き書きを行った聞き手にとっての効果とは、

  • 患者の語りの内容から、その人の生き方や患者の内的心理面を知ることができる。
  • さらに、語り手が語る姿勢から語り手である患者に対する理解が深まる。
  • 共感から一歩進んだ身体的な同化が体感できる。

ということがいえると思います。

トップへ戻る